政治の話はタブーって本当?気持ち悪いと感じる人たちも…

政治の話はタブーって本当?気持ち悪いと感じる人たちも…

政治の話は嫌いない人もいますし、わからない人は愚民と罵られることもあります。友達でも相手を選ばなければ、うざいと思われたり喧嘩になることも…

政治の話は、天下国家を語る雰囲気を感じます。それを嫌い、政治の話をしたくない人もいると思います。

思想や生活の違いもあり、政治の話は人それぞれですが、しなくてもよい話なのでしょうか?

政治の話はタブーなのか

ネットを検索していたら、ふと政治の話が目に飛び込んできました。

これは政治の話を書けとの思し召しか!?神が与えたチャンス、いや試練かも…と、不安の入り混じる不思議な力に誘われつつ、雑談していきたいと思います。

ネットを検索して、最初に読んだ記事は下記でした。

▶ 政治の話はタブーなのか―インターネットユーザーに対する実証分析から―

政治の話は時と場合と相手を選ぶ

先ほどの記事から、「忌避されているのは確かであるが、それは宗教問題や自宅の経済事情ほどの強いタブー感はない」ことがわかりました。

ネットでは政治の話をして怒られたなどは、「政治的な話題は、人間関係に摩擦をうむ可能性があるために、人々は政治の話題をタブーとする」と実証づけられていました。

“人間関係に摩擦をうむ可能性がある”ため、政治の話は時と場合と相手を選ぶ必要があることがわかります。

政治の話をしてもよい相手とは

また記事から、政治の話をする相手は家族が多いこともわかりました。政治は、私たちの生活と関係が深いので、自分たちの生活を守るため、家族間で話題になるのでしょうか。

年金問題を例にあげると、年金が減るらしい → え!?いくら減るの? どうして減るの? → 政治(原因)の話をする → 老後設計(貯金など)。のような流れで話題になることが考えられます。

政治の話をしてもよい相手は、家族が無難な相手なのかもしれません。(話題にもよりますが)

ネットは危険!政治の話は気持ち悪い!?

ネットユーザーには、政治の話を気持ち悪いと感じる人たちもいるようです。下記をお読みください。

▶ 「政治タイムライン」のキモさから逃れるには

政治の話は、攻撃を受けるリスクもあるとのこと…ネットで政治の話をするのは危険なようです。

実社会では、攻撃を回避するため相手を選ぶことができますが、ネットは相手を選べないため、リスクが高いことを覚えておきましょう。

政治を知らなければ愚民なのか?

ネットには、政治の話がわからない人を愚民(おろかで無知な民衆)と罵る人がいるのも周知のことです。

しかし、どこまで理解できれば愚民にならないのでしょうか。愚民と罵る人たちは「こんな人を愚民と言うんですよ」と、優しく教えてほしいものです。

そうしないと愚民は愚民であることがわからず改善のしようもないですから…と、政治をどこまで知っていれば愚民と言われないで済むのか、いまいち見当がつきません。

自己満足のための罵りかもしれない

そこで、少し見方を変えます。各個人には知識の差があり、同レベルの知識がないと相手の話が理解できないのは当然のことです。

この当然のこと(知らないこと)を責めるのに、愚民と罵り、自己満足している人もいるのではないでしょうか。これは嫌われるので注意したいですよね。

「こんな人を愚民と言うんですよ」と優しく教えないと、せっかくの知識も台無しになります。

これで「政治を知らなければ愚民なのか?」については、愚民と罵るのは”自己満足のための罵りかもしれない”としておきます。

衆愚政治から愚民について考える

おそらく愚民の具体例はでてこないと思うので、衆愚政治から考えてみたいと思います。

自覚のない無知な民衆による政治を衆愚政治といいます。先に出てきた愚民が増えれば、民主政治が堕落して衆愚政治になるといわれています。

以前、話題になった号泣議員がいましたが、そこから口火を切って全国で政務活動費が1億円以上返還される事態が起きています。

▶ 政活費1億1千万円返還 兵庫県議会、支給厳格化で過去最高
▶ 政務活動費に関するトピックス

ほかにも疑惑の国会議員などもいますが、これも、ひとつの衆愚政治ではないでしょうか。

日本国民は愚民の集団なのか!?

私たちが信じて投票したにもかかわらず、平気で裏切る議員が続出しているのは、もとをただせば国民が見抜けなかったことが原因です。

政治家がおかしなことをすれば、日本人の資質や民度なども疑われることになります。決して、ひとくくりにするわけではありませんが、他者はそうみるという話です。

このように考えると、私たちは議員の犯罪や失態など、衆愚政治を理由に愚民と言われていも仕方のないことがわかります。

衆愚政治を改善するには

私たちは日本に暮らし生きているわけですから、政治は誰でも話題にしてよい話です。しかし、政治の話をするには、人間として自立(自律)していないと難しいと思います。

これは、家計が苦しくなるから、消費税増税に反対するなど、自分の意思を示せる人でないと政治の話は難しいということです。

人間として自立(自律)して、自分の意思を示せるようにならないと、衆愚政治の改善は難しいことがわかります。

まとめ

政治の話はタブーって本当?気持ち悪いと感じる人たちもいる話から、いろいろと雑談してきました。とりとめのない話になってしまいましたが、まとめます。

政治の話はタブーは本当でした。「政治的な話題は、人間関係に摩擦をうむ可能性があるために、人々は政治の話題をタブーとする」と実証づけられていました。

「忌避されているのは確かであるが、それは宗教問題や自宅の経済事情ほどの強いタブー感はない」こともわかりました。

家族での話題になっていましたが、時と場合と相手を考えてしないいけませんでした。ネットには気持ち悪いと感じる人たちもおり、攻撃されるリスクがありました。

衆愚政治にならないように、政治の話はしないといけないこともわかりましたが、政治の話は、小難しいというか、わかりにくいのが嫌ですよね。

政治の話をする人が、もっとわかりやすく伝えてくれると、周囲も話をしやすくなるのかもしれません。


お読みいただきありがとうございます。
↓クリック&シェア頂けると幸いです!
ブログランキング・にほんブログ村へ

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Time limit is exhausted. Please reload CAPTCHA.

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください(スパム対策)